2015年09月14日

Vivid2 新版 Lesson4

☆Lesson 4☆


●Part 1●
ロジャー・フェデラーは世界の最優秀テニス選手の1人として認識されている。しかし,彼はかつて,自分よりもグランドスラムに近いもっとすばらしい選手がいると言った。
フェデラーが名前を挙げた人物とは,日本人車いすテニス選手の国枝慎吾だった。
国枝は世界の一流選手の1人である。
彼は2004年アテネパラリンピックでダブルス部門の金メダルを勝ちとった。
2006年,彼は世界第1位にランク付けされた。 その翌年,彼はフェデラーが予言したように,グランドスラムを達成した。
彼はこれを成し遂げた初の車いすテニス選手だった。
そして2008年と2012年,国枝は北京パラリンピックとロンドンパラリンピックでシングルス部門の金メダルを勝ち取った。 彼はシングルスで107連勝を含む,多くの勝利を収めてきた。


●Part 2●
国枝は1984年に東京で生まれた。
9歳のとき,彼は重い病気にかかった。 それのために彼は歩けなくなった。しかし,国枝はスポーツが大好きだった。
11歳のとき,彼は車いすテニスを始めた。
彼はすぐに優れた選手になり,そして17歳のときに国際試合でプレーしはじめた。
国枝はテニスとチェアワークの両方の技能が優れている。
彼はトップスピン・バックハンドが得意なのだが,それはふつう車いす選手にとってはかなり難しいものだ。 彼はまたとても速く動くことができる。
ルールでは,プレーヤーはボールを打ち返す前に2バウンドさせることができるとあるが,彼は1バウンドで打ち返すことがよくあり,そしてときにはボレーで返すことさえある。
本当に彼のプレーは力強い。

●Part 3●
国枝のプレーは多くのファンをひきつけてきた。
しかし,その偉大な選手は2007年のグランドスラム達成後,精神的なスランプに陥ったのだ。
彼は練習を続けたが,その結果自分自身がぼんやりとしてしまっているのがわかっただけだった。
たくさん思考したのちに,国枝は敵に勝つためだけにプレーしていたから熱意を失ったのだとわかった。
彼は自分のプレーの中での自分自身の課題に取り組むことが大切だと気づいた。
例えば,自分にはサーブとフォアハンドを改善することが必要だと彼は思った。
のちに,国枝はテニスについてどんなところが好きなのかとたずねられた。
彼は答えた。「それは正直なスポーツなのです。 コート上ではだれの助けもありません。 プレーは選手がそれまでにした努力の量次第なのです。 それが楽しいのです。」


●Part 4●
2009年,国枝は仕事を辞め,日本で初めてのプロの車いすテニス選手になった。 それはより厳しい生活を意味した。 なぜ国枝はそうすることに決めたのだろうか。
もし彼がプロの選手として成功すれば,そのことが他の車いす使用者にそのスポーツを始める気にさせると,彼は信じているのだ。
彼は言う。「北京以来,私のテニスについての番組がテレビで放送されてきました。
車いすテニスは今人気が出てきており,それで私がそのスポーツをさらに振興するために努力することが大切だと思うのです。
もし車いすの子供たちが,将来プロ選手になるという夢を持ってくれたら,私はうれしく思います。」
国枝慎吾は国際的に偉業を成し遂げたが,もう1つの重要な役割を果たしている。
彼は本当のトップ選手であるかもしれない


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2015年09月07日

Vivid3 新版 Lesson3


☆Lesson 3☆


●Part 1●
「信じられない。まだ、夢の中で踊っている気分だ。私を支えてくださっている方々に感謝しきれない」と、2012年2月、第40回ローザンヌ国際バレエコンクールで優勝した後に、当時17歳の菅井円加さんは、言った。スイスの、ローザンヌで行われるこのバレエ競技会は、15歳から18歳までの若いバレーダンサーにとっての登竜門として知られている。

お姉さんの影響を受けて、円加さんは3歳のときにバレー教室に通い始めた。円加さんは教室でレッスンを受けただけではなく、自分でもよく練習をした。円加さんは女性バレーダンサーを特集したDVDを見て、どのシーンでも自分だったらどんな風に踊るだろうかと想像した。「円加は毎日だいたい5時間、練習してる、時には夜の12時を過ぎて家に帰ってくることもあるんだよ」と、お母さんは言った。

「コンクールで優勝したことで、ダンスを続けていく大きな励みになっている。みんなを感動させられるようなダンサーにできればなりたい。ですから、毎日ダンスを練習し続けるつもりだ」と円加さんは言いました。

●Part 2●
コンクールの決勝で、候補者はみんな、舞台で古典と現代の2つのソロダンスを演じなければならなかった。現代のソロダンスは、ほとんどの日本人ダンサーの弱点だと言われていた。

審査員の1人の吉田都さんは円加さんの快挙を喜んだ。吉田さんは次のように言った。「円加さんのダンスはとても質の高いものだった。特に現代バリアシオン部門では、円加さんのダイナミックなダンスは審査員全員を強く感動させた。円加さんは動きをコントロールし、音楽を上手に使った。私は日本人ダンサーが優勝して嬉しい。」

他の審査員たちも、古典でも現代風演技でも両方に対して円加さんを絶賛した。「円加さんは現代バレーの将来を代表するダンサーだと思う。円加さんは将来のために、いろんなことを学んでダンサーとして成長すると思う」と日本人の専門家の1人は言った。

●Part 3●
ローザンヌ国際バレエコンクールは第1回大会が1973年に開かれた。目標は、若い才能あるダンサーがプロとしてのキャリアをスタートするお手伝いをするというものである。

この競技会は優勝者に特別な賞を授与する。しかも、優勝者はこの競技会の提携校、あるいは提携プロダンス会社のうちの1つで、1年間練習を修了することを許される奨学金を受けとる。

2012年ローザンヌでの選考期間中に、19か国からの79人の候補者たちはダンスのレッスン中と、舞台の上の両方で審査された。21人の候補者が決勝に進み、その中から8人に賞と奨学金が与えられた。2012年の時点では、第1回大会から数えて賞を受けた日本人ダンサーは68人いた。そのうちの5人が、吉田都さんを含めて審査員になっている。


●Part 4●
円加さんは2011年に創設されたドイツの会社を練習場所として選んだ。練習生に舞台上での演技を通して学ぶ機会を与えてくれるからだ。すなわち、この会社は教育機関とプロ集団の混成タイプとして役立つ。「そこでは独特な環境でダンスができると思ったよ。」と円加さんは言った。

円加さんの良い達成は、佐々木三夏さんの下での円加さんの大きな努力に起因すると言える。佐々木さんは10年以上もの間、バレー教室で円加さんを教えていた。「円加はすごく早く学び取る。自分でも熱心に学ぶんだ。」と佐々木さんは言った。

2012年9月に日本を発つ前に、円加さんはこう言った。「ダンスの前に緊張するときには、いつも深呼吸をして、喜びを持ってダンスをすれば、私は大丈夫だと考えることにしている。私はどんなチャンスでも最大限に活用するようにいつも努力する。どんな基本的な技術でも学んで、海外のバレーダンサーたちと競い合えるようになりたいと思っている。」



posted by ブログ at 19:26| Comment(3) | Vivid3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Vivid3 新版 Lesson2

☆Lesson 2☆


●Part 1●
もしあなたがテレビゲームやオンラインゲームに長い間、夢中になっていると、お父さん・お母さんから、きっとゲームするのをやめるように言われることだろう。しかし、あなたがやっているゲームとは、まったく違うゲームもある。

2011年5月、先生たち、作家たち、それにゲームの開発者たちがワシントン大学に集まった。すべてのものをゲームのようにするトレンドについて話し合った。このトレンドは「ゲーミフィケーション」として知られている。簡単に言うと、ゲーミフィケーションは、問題を解決するためにゲームを使うことを意味している。

ゲーミフィケーションは、楽しさや報酬に関係があるだけではなく、社会的なつながりにも関係がある。ゲーミフィケーションは、今まで見たこともないような方法で人々を結びつける機会を与えることができる。理論的には、ゲーミフィケーションを、健康、エネルギー、科学を含む、ほとんど何にでも応用することができる。ゲーミフィケーションの例をいくつか見てみよう。


●Part 2●
上の写真はゲーミフィケーションの例の一つを示している。高齢者が脚の筋肉を鍛えるときに、イスから立ち上がったり、イスに座ったりするたびに、コンピューター画面上の木が育つ。木の成長は、ご高齢の方が楽しい方法で筋肉を強くするのを励ます。

電気の節約もゲーミフィケーションできる。参加者はオンラインでエネルギー消費のデータを送る。すると参加者はどの家電がたくさん消費しているのか知らされる。一番エネルギーを節約できた人が、このゲームの勝者になる。

車のメーカーもゲーミフィケーションを応用してきている。例えば、燃料効率を示すゲーム機能を搭載している車もある。走行記録はオンラインで送られ、運転手はどのくらい燃料を節約しているのかに応じて、ランキングされる。このランキングのおかげで、より良い燃料効率を達成しようと運転手は励む。


●Part 3●
ワシントン大学の科学者は、新しい薬を作る研究をしていて、タンパク質の構造を分析していた。しかし、研究はとても難航し、とても多くの時間が必要だった。そんなわけで、科学者のうちの1人が分析をゲーミフィケーションした。オンラインのパズルゲームを作った。そうすると、10万人以上の人がゲームをやって、パズルはわずか3週間で解かれた。

研究によれば、世界中の人が1週間で30億時間、オンラインゲームをやるのに使っている。ゲームデザイナーで研究者のジェイン・マクゴニガルは次のように言った。「もしそれだけの量の時間を、飢えや気候変動や世界的な紛争のような、たくさんの緊急課題を解決することに使えば、私たちの暮らしはもっと良くなることだろうに」

ゲームをすることは、私たちの世界に利益をもたらす可能性がある。もしこうした種類のゲームをするなら、君はゲームするのやめなさいと言われないかもしれない。




posted by ブログ at 19:08| Comment(1) | Vivid | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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